演歌は泣き節しなづくり?

hisashi toshima 戸嶋 久
6 min readFeb 26, 2020

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演歌というと「泣き節」「しなづくり」と言うひとがいますけど、演歌をあまり聴いていないんだなと思います。たしかに古式ゆかしき演歌歌唱法だとそうなるかもしれないし、実際いまでも多いですけどね。でもそんな演歌歌手ばかりじゃないんです。もっとこう、かつてのニュー・ミュージック(古っ!)のシンガーたちみたいに、スッとナチュラルで繊細に歌う演歌歌手だっているんですよ、それも複数名。

たとえば発音が素直であるとか、コブシもまわさないとか、ヴィブラートも使わないとか、こういった特徴は、アメリカのジャズ・トランペット界だとルイ・アームストロング系の強くて濃ゆい演奏法が主流だったところに逆を行ったビックス・バイダーベックや、まただれよりもマイルズ・デイヴィスがそうじゃないですか。マイルズはたぶんジャズ界で最も聴かれているトランペッターですよ。

日本の演歌界でも同様のことが言えるんです。スムースでナチュラルな生の繊細な質感を大切にする、いわばオーガニック演歌、ネオ ENKA みたいな世界の担い手が近年出てきています。その最たるものが(ここ数年の)坂本冬美であり、そしてだれよりも岩佐美咲なんです。反対にコブシとヴィブラートを使いまくり濃厚にこねくりまわすのが都はるみ、森進一、森昌子、石川さゆりなどでしょうか。前者はまだ数が少ないですが、後者なら無数にいますよね。だからオーガニック演歌はまだマイノリティですけれどもね。

昨日書いた演歌のフィクショナリティ(がリアルに転化する)みたいな部分は、実は泣き節、しなつくりみたいな濃厚抒情表現法で実現されていたというのが本当のところではあります。現実世界、日常生活ではありえないような発声法ですからね。つまり、フィクションなんです、ああいった歌いかたはですね。典型例をあげておきますと、有名どころで美空ひばりの「悲しい酒」、近年では森昌子の「なみだの桟橋」(これはわさみんも歌った)あたりでしょう。ティピカルな演歌スタイルかもしれません。

タメとヴィブラートがすごい森進一の「北の螢」もちょっと聴いてみてください。

こういったものはこれで立派な歌なんですけど、これら同じ曲でもわさみんこと岩佐美咲が歌うとかなり違った様子になるんですね。それら二曲とも『美咲めぐり〜第1章〜』に収録されています。わさみんは「北の螢」でも「なみだの桟橋」でも、こんな歌いかたはぜんぜんしていません。すーっと素直に声を出し、コブシをまわさずヴィブラートもかけず、ナチュラルでスムースでナイーヴな歌を聴かせてくれているんですね。

泣き節、しなづくりみたいな古式な演歌唱法だと、曲はその歌手のものになるでしょう。リスナー側としても、歌手の色が濃いもんですからそれに耳がいき、結果的に「歌を」聴くよりも「歌手を」聴くということになるんじゃないでしょうか。歌の持つ本来の魅力が、それでは伝わっていかない可能性もあります。岩佐美咲や近年の坂本冬美(『ENKA』シリーズ)のようなナチュラルでやわらかく軽い歌いかたをすれば、曲じたいの美しさがきわだって、よりよくリスナーに伝わります。

以前、わさみんとちょこっとこのことについて話をしたことがありますが(とある歌唱イベントの特典会の際に)、「どうしてこういう歌唱法を選択しているの?」というぼくの問いに、わさみんは「それが歌がいちばん伝わるから」と返してくれました。やはりですね、生得的・本能的という部分もありましょうが、わさみん自身しっかり考えてこういう歌いかたをしようと選びとっているんですよ。それがいちばんいい歌唱法だからと。

坂本冬美だって2016〜18年の『ENKA』シリーズ三作では、素直な発声でナチュラルにふわっと歌い、それと同様にやわらかいフィーリンみたいなアレンジ&伴奏をともなって、ベテラン実力派によるネオ・オーガニック演歌とでもいうようなものを聴かせてくれていましたよね。濃厚表現に抑制を効かせたそんな冬美の歌は、わさみんと同様の路線なわけですが、そういったナチュラル&スムースな演歌唱法こそ、ここ10年ほどのフィーリングにピッタリ合う新時代の斬新なやりかたなんじゃないでしょうか。

また、わさみんはそういった歌いかたをしているからこそ、そんな、なんというか濃ゆ〜い歌詞の世界も、それからたとえば中島みゆきやさだまさし(山口百恵)やイルカや森高千里の書く日常感覚に根差したポップな歌の世界も、無理なく同居させられるんですね。これはできるようでなかなかできないことですよ。世界が違うんですから。歌詞の世界観も違えばメロディ体系も和音構成も違っています。わさみんや冬美はどっちも難なく歌いこなせる稀有な才能の持ち主なんです。

っていうことは、浮世離れした(ティン・パン・アリー的な)あんな現実的ではない非日常感も、ルイ・ジョーダンやチャック・ベリーらの卑近な生活感覚も、それはなかなか同居しないものですけど、わさみんや冬美は同じ地平において同様に歌えるということです。いま日本人歌手で、そんなヴァーサタイルなスタイルを持つ歌手がどれだけいるというのでしょう。ひょっとしてわさみんと冬美だけ?とは思いませんが、相当少ないのは事実ですね。

どうか、演歌というと「泣き節」だ「しなづくり」だという臭い手垢のついたステレオタイプばかり言わないでいただきたいと思います。もはやそんな演歌歌手ばかりじゃありません。むしろ2010年代の現代感覚にフィットするニュー演歌は、わさみんや冬美がやっているような生感覚を活かしたナチュラル、スムース、ナイーヴな表現法にあるんですから。わざとらしいつくりものの演歌唱法ばかり言わないでほしいです。

演歌はだんだんと年金受給者世代だけのものになりつつあるというのが現実で、このままではジャンルじたい滅亡してしまうかもしれません。たくさんの演歌スタンダードを現代感覚で歌いこなした冬美や、激情濃厚演歌も自分なりの感性と素直な声で聴かせてくれるわさみんは、絶滅の危機に瀕する演歌界の救世主になりえるかもしれないんです。演歌も演歌なりに時代にあわせて更新されていかなくちゃいけません。生まれ変わっていかなくてはなりません。そう考えたら(軽いポップスも同じように歌える)わさみんや冬美の重要性がいっそう理解しやすいのかもしれないですね。

(written 2020.1.28)

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Written by hisashi toshima 戸嶋 久

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