日本歌謡界初のLGBTQソング「憧れて」
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浜圭介 / 憧れて
2021年1月27日に発売された浜圭介のシングル「憧れて」。湯川れい子作詞、浜圭介作曲というベテラン・コンビの楽曲を、歌手でもある浜自身が歌っているんですが、これは日本歌謡史上初の鮮明で明快なLGBTQソングと言っていいでしょうね。
聴けばおわかりのように、「憧れて」は男性同性愛者に題材をとったゲイ・ソングです。作者の湯川さんご自身がトランスジェンダーの男の子のことを書いたとおっしゃっているのであれですけれども、ゲイ・ソングではないかとの指摘にも、微妙に違います、とおっしゃってはいますけど、これはどう聴いてもトランスではなくゲイの歌でしょう。
いままで日本歌謡界にLGBTQソングがなかったかというと、まったくなかったわけじゃないと思います。解釈次第でそういうふうに受けとれる歌はいくつもあったし、アメリカン・ポピュラー・ソングの世界なんかでは特にめずらしくもない領域になってきていますよね。
でもここまで作者自身もはっきり意識して、はじめからセクシャル・マイノリティの歌をそのつもりで歌詞にもはっきり出して書き、歌手もそれを理解して歌った、それが発売された、テレビ歌番組などでもそれを打ち出して堂々と披露されているというのは、日本歌謡界では正真正銘初の快挙でしょう。歓迎したいと思います。
思えば日本歌謡はセクシャル・マイノリティの世界にいままでずいぶん冷たかったでしょう。セクマイ歌手がいるにはいたものの、鮮明なセクマイ・ソングやそれをはっきり打ち出した共感歌と言えるものはほとんどなく、旧態依然で古色蒼然たるステレオタイプな男女間の恋愛や家族観ばかり扱われてきました。
歌謡曲やJ-POPもそうだけど、特に演歌の世界がひどかったなぁと思うんです。どうしてここまで?と思うほど演歌の世界は旧来的で、もはやそのままではいまの時代にあわないよ、これじゃあ廃れてしまうのも当然だと、演歌ファンでもあるだけにぼくは歯痒い思いをしてきたというのが事実。
今回の新曲「憧れて」を聴けば、男性が男性の先輩に恋焦がれているという点を除けば、全体的な内容はいままでにたくさん歌われてきた従来的な片想いソングの数々と大きく変わらないじゃないかということに気づくかたもいらっしゃるはず。そう、そうなんです、性別のいかんにかかわらず、異性愛であれ同性愛であれ、だれかを好きになって胸が苦しいという気持ちは同じなんですよね。
社会ではそれが同性間であるばあいにかぎって受け入れられずにきました。愛のかたちはなにも変わらないのに。でも21世紀になりセクシャル・マイノリティの存在や問題意識が共有されつつある現在、「憧れて」のようなハッキリした歌が誕生するのは当然の流れだったように思えます。同性間でもこういった切ない片想いの世界は日常的にあるんだということを、この歌を聴いた大勢のみなさんに受け入れてもらえればと、心から願っています。
ほんとうだったらセクマイ当事者の男性歌手とか、だれか若い新人男性歌手が歌うためにと、湯川さんご自身がいわゆる “詞先” だったとおっしゃるこの「憧れて」は当初そういう意図で書いて浜さんに託したんだそうです。それがなかなか実現せず、そりゃむずかしいのはわかりますよね。しかし曲を書いた浜さんが惚れ込んで、それなら自分で歌うよということになり、ようやくかたちになったんだそうですよ。
歌は、時代や社会のさきがけとなり、それを変えるきっかけにもなってきたという歴史の事実があると思います。歌謡界のみならず日本社会でもまだまだ肩身の狭い苦しい思いをしているLGBTQがすこしでも生きやすい日々がはやく来るといいなと、いままでこの問題に関心を持たず目を向けてこなかったみなさんにもぜひ聴いていただきたいなと、特にいままでセクマイ・ソングが一曲も存在しなかった演歌界に一石を投じたという意義は大きいと言えるでしょう。
LGBTQの権利拡大というか社会での平等化に向けて、この歌「憧れて」が新時代のブレイクスルーになってほしいと、ほんとうにそう願っています。
(written 2021.1.30)