ラテン・ジャズ/ポスト・バップ 〜 イグナシオ・ベロア
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Ignacio Berroa / Codes
Astralさんのご紹介で知りました。
イグナシオ・ベロア(Ignacio Berroa)。キューバはハバナ生まれのジャズ・ドラマーで、1980年にアメリカ合衆国に渡ってからはディジー・ガレスピーのバンドを皮切りにニュー・ヨーク・ラテン・ジャズ・シーンの中心で活躍してきた重要人物みたいですね。ぼくは今回はじめて知ったんですけれども。
そんなイグナシオの2006年作『コーズ』をAstralさんのご紹介で聴いてみたらとってもいいので、イグナシオ初体験だったぼくはちょっとビックリしちゃいました。ゴンサロ・ルバルカバとの共同プロデュース(ゴンサロは演奏でも参加)で、ブルー・ノートからリリースれています。
『コーズ』で聴けるバンドの編成は、2サックス、ピアノ(&ちょっとだけシンセサイザー)、ベース、ドラムスで、曲によって一名か複数名のパーカッショニストも参加。シンセは例外的で、ベースはエレベもちょっと聴こえますけど(じゃない?)、基本的にはアクースティックなラテン・ジャズ・アルバムとしていいんじゃないでしょうか。
ラテン・ジャズ・アルバムといいましたけれども、このアルバム『コーズ』の中盤にある名の知れたラテン・ナンバーでは、しかしあまりラテンなリズム・アレンジが施されていません。エルネスト・レクオーナの3「ラ・コンパルサ」とセサール・ポルティージョ・デ・ラ・ルスの5「リアリダート・イ・ファンタジーア」。4「パルティード・アルト」はだれの曲か知りません。
むしろそれらはメインストリームなジャズ・ナンバーに仕上がっていて、しかもメインストリームといっても1960年代中期的な新主流派、すなわちポスト・バップなジャズ楽曲と化しているんですね。おもしろいのはアルバムにはいわゆるポスト・バップ・ナンバーも二曲あって、1「マトリクス」(チック・コリア)と6「ピノキオ」(ウェイン・ショーター)。
そんでもってそれらポスト・バップ・ナンバーでは完璧なるラテン・ジャズとなっているのが興味深いところなんですね。くわえてビ・バップ・ナンバーですけれどイグナシオの師であるディジーの7「ウディ・ン・ユー」も通常のジャズ・ナンバーであるところを大胆にラテン・ジャズ化しています。イグナシオのオリジナルであるアフロ・キューバン・ナンバーの2「ホアン・ス・メルセード」では、ソプラノ・サックス・ソロの途中で「ネフェルティティ」(マイルズ・デイヴィス)のフレーズが鮮明に引用されていたり。
だからちょっとねじれているというか、ラテン・ナンバーはジャズ化し、ジャズ・ナンバーはラテン化するっていう、その二者がこのイグナシオのアルバム『コーズ』には共存しているっていう、そういったあたりのアンビヴァレンスが最大の特色じゃないでしょうか。ストレートなジャズもいいけどぼくはラテン・ジャズにもっと惹かれるタイプのリスナーなんで、1「マトリックス」、6「ピノキオ」、7「ウディ・ン・ユー」こそ最大の聴きものです。
それらラテン化したジャズ・ナンバーでは、リズムがラテンな8ビートとメインストリーム・ジャズな4ビートを行ったり来たり、交互に出てくるというのも興味深いところ。その移行の瞬間もスムースで、もちろん演奏後の編集なんかじゃなくて一回性の同時即興演奏で実現しているわけですけど、なかなか現代的なリズム・アレンジじゃないでしょうか。
ジャズになったりラテンになったり、っていうかメインはあくまでラテン・ビートだけど、そのなかにときおりストレート・アヘッドな4ビートを混じり込ませ、リズムに伸縮性や柔軟性を持たせて、バンドの演奏でのアンサンブルをイキイキとした生き物のように提示するというのは、新世代ジャズのひとつの特色でもあるなと感じています。一定の定常ビートをずっと維持するんじゃなく、ウネウネと自在に変化していくビート感とアンサンブルのインプロヴィゼイション。それをラテンで表現したのが、このイグナシオの作品『コーズ』なんじゃないですかね。
(written 2020.9.12)