マイルズ黄金のセカンド・クインテットで聴けるリズム実験

hisashi toshima 戸嶋 久
7 min readFeb 22, 2020

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1963年に加入していたハービー・ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウィリアムズに、64年秋にウェイン・ショーターがくわわってのマイルズ ・デイヴィス黄金のセカンド・クインテット。この五人だけでの正式スタジオ・アルバムは四枚。『E.S.P.』(1965)『マイルズ ・スマイルズ』(66年録音67年発売)『ソーサラー』(67)『ネフェルティティ』(67年録音68年発売)。次作『マイルズ ・イン・ザ・スカイ』(68)もほぼこのクインテットですけど、電気楽器導入とロック/ファンクへのアプローチがみえるので、やや傾向が異なっていますよね。

四枚『E.S.P.』『マイルズ ・スマイルズ』『ソーサラー』『ネフェルティティ』はアクースティック・ジャズを究極的につきつめたものということになっていて、ちょっと芸術的なというかピュア・ジャズのある種の頂点にあるものだという評価が一般的だと思います。それは間違っていないでしょうけれど、ぼくにとってのおもしろみはちょっと違うところにあるんですね。最近それを痛感するようになってきました。

それはこれら四枚が、1968/69年からマイルズが追求することになったラテン/アフリカンなリズムとファンク・ジャズへの予兆になっているんじゃないかということなんですね。まずわかるのが『E.S.P』にある「エイティ・ワン」で、これは1965年当時のジャズ界ではまだめずらしかったロックふう8ビートを使った曲です。マイルズ史上初のものなんですね。しかし「エイティ・ワン」はストレートなロック8ビートで、ラテンっぽいところは聴きとれません。

おもしろいのは「エイティ・ワン」でも4ビート・パートがあるところ。この曲では8ビート・パートと別個にならんでいるだけで、両者がポリリズミックに溶け合ったりはしていません。このあたり、リズムへのアプローチはまだまだ深化をみせていないのだとも考えられますね。しかしまず第一歩を踏み出したものだったとは言えるはず。4ビートと8ビートをラテンをキーにして合体させることが、この後のマイルズのリズム追求の軸になっていきます。

このクインテット一作目の『E.S.P.』では「エイティ・ワン」一曲だけでしたが、二作目『マイルズ・スマイルズ』からグンと増えています。パッと聴いた瞬間に8ビートを使っているとわかるものが四曲もありますからね。「オービッツ」「フットプリンツ」「フリーダム・ジャズ・ダンス」「ジンジャーブレッド・ボーイ」です。しかもこれらには複雑に跳ねるラテン・リズムの影響が色濃く聴けます。たいへんにおもしろいところですよね。

さらに、上でも書きましたがこれら四曲ではただのストレート8ビートを採用しているというだけじゃなく、メインストリーム・ジャズの4/4拍子感覚もしっかり残っていて、8ビートと4ビートが渾然一体となってポリリズミックに溶け合っているのが最高の音楽果実なんですね。もうなんか聴いていてワクワクゾクゾクして、たまらない快感です。特にトニー・ウィリアムズのドラミング・スタイルにスリルを感じます。トニーは一小節を四つに割って均等にハイ・ハットを踏むことで4ビート感覚を維持しつつも、シンバルやスネア(ふくむリム)でラテンな8ビートを同時に表現しているんですね。いやあ、すごいなあ。

三作目『ソーサラー』では、リズム・ニュアンスのそんなポリリズミックな複雑さがやや整理され、いっそうグッと直截的に8ビート・ラテンなリズム表現に至っています。このアルバムでそれが鮮明に聴けるのは二曲「プリンス・オヴ・ダークネス」と「マスクァレロ」です。前作『マイルズ・スマイルズ』でも大活躍だったトニーがここでも大爆発、さらにトニーまかせなだけじゃなくて、ソロをとる三名ともソロ内容でリズム・アプローチを聴かせてくれているのが進歩ですね。二曲ともウェイン・ショーターの作曲です。

前作『マイルズ・スマイルズ』との大きな違いは、これら「プリンス・オヴ・ダークネス」「マスクァレロ」では4ビート感覚がほぼ消えていることと変型ラテン・リズムみたいなものへ直接的に踏み込んでいるところ。ポリリズミックな表現性はなくなりましたが、リズムが整理されてノリやすくなり、跳ねも強くなり、あえて言えばストレート・ジャズの枠内にはもはやとどまらなくなっているとしていいのかも。すくなくともこんな種類の変型ラテン・ビートはいわゆるモダン・ジャズのなかはありません。

四作目『ネフェルティティ』でもそんな路線を継承しているのが、ハービーの書いた曲「ライオット」で、これはかなりいいですよねえ。この曲はハービー自身自分のアルバムでも再演していますけど、そっちはまずまずといったところなんですね。やっぱりトニーがいるかどうか、ボスのマイルズの指揮下にあるかどうかは大きなことだったのでしょう。このマイルズ・バンドでの「ライオット」でも変型ラテン・ビートを五人全員が一体となって表現しています。特にシンバルとスネアのトニーですね。

さて、マイルズ黄金のセカンド・クインテットの四作におけるこういったリズム実験は、ただたんにジャズ・ミュージックのなかでのものというよりも、もっと先へつながっていく予兆のようなものとして聴いたときにいっそう興味深さを増すものだと思うんですね。というのも『ネフェルティティ』の録音直後あたりから、例の「スタッフ」(『マイルズ・イン・ザ・スカイ』)に至るまでのあいだにマイルズは同クインテットで、たとえば「ウォーター・オン・ザ・パウンド」(1967/12録音)「ファン」(68/1)のようなものを録音済みだからです。

これら二曲は1981年まで未発表のままでしたが、このあとの録音になる「スタッフ」などを一気に飛び越えて『キリマンジャロの娘』や『ビッチズ・ブルー』などへとダイレクトにつながっていくものだとぼくには聴こえるんですね。すくなくとも「ウォーター・オン・ザ・パウンド」「ファン」の二曲はカリビアン/アフリカンなファンク・ジャズへとグンと近づいています。

録音当時は未発表のままになっていたとはいえ、こういった実験を経てこそマイルズも大胆に1968/69年から新時代のニュー・ミュージックへと踏み出すことができたのです。それはひとことにしてファンク・ジャズの創造。ファンクのルーツははからずもラテン・リズムにありますからね。ラテン・ビートで聴けるシンコペイション、リズムの跳ねが、そのままたとえばジェイムズ・ブラウンの「コールド・スウェット」に直結しているのは言うまでもありません。

マイルズがジェイムズ・ブラウンなどファンク・ミュージックを積極的に聴きはじめとりいれはじめるのは、1968年のベティ・メイブリーとの出逢い以後となっていますけれども、それ以前からマイルズはマイルズなりに自分の力で、リズムのラテンな跳ねやロック系8ビートとジャズの融合を試みていたのです。そんなところが黄金のセカンド・クインテットの四作でわかるなというのが、今日ぼくの言いたかったことです。

(written 2020.1.27)

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Written by hisashi toshima 戸嶋 久

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