ナチュラルな音像とインティミットな質感 〜 メアリー・チェイピン・カーペンター
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Mary Chapin Carpenter / The Dirt and the Stars
萩原健太さんに教えていただきました。
アメリカ人歌手、メアリー・チェイピン・カーペンターの新作アルバム『ザ・ダート・アンド・ザ・スターズ』(2020)は、イングランドのバースにあるピーター・ゲイブリエルのリアル・ワールド・スタジオに(コロナ情勢下だけど)ミュージシャンを集めてのライヴな一発録りで制作されたものだそうです。
メアリー・チェイピンはやっぱりカントリー系のシンガー・ソングライターかなと思うんですけど、独特の辛口な深みとインティミットさをたたえた曲づくりと歌声はそのままに、新作ではグッとアメリカーナに寄ったような内容になっています。もとよりカントリーの枠内におさまる音楽家ではなく、1990年代からずっとフォーク、ルーツ・ロックや、あるいはブラック・ミュージック的な要素もあわせ持つ存在ではありました。
今回の新作ではプライヴェイトで内向的な色彩感を帯びた内容が多く、それは主に曲のテーマ設定や歌詞、サウンドのテクスチャーやカラーリングなどに感じるんですけど、できあがりの肌触りがとても親近感のある、やさしくやわらかい心地がするんですね。全員集合の一発ライヴ収録ということで、ナチュラルな音像やリアルな歌声が楽しめる作品に仕上がっているのもいいですよね。
4曲目の「オールド・D-35」はマーティンのギター D-35 のことだと思うんですけど、これはメアリー・チェイピンの恩師的存在で故人のジョン・ジェニングズ(ギターリスト、プロデューサー)に捧げられたものみたいですね。1987年のデビュー作『ホームタウン・ガール』をプロデュースしたのがジョンでした。そのほか個人的な生活事情(年齢の積み重ね、人生の変化など)を歌い込み、サウンドもそんなインティミットな質感で彩っているアルバムのように聴こえます。
ビートの効いたノリのいい曲だってあります。たとえば5曲目「アメリカン・ストゥージ」や8「シークレット・キーパーズ」。後者はストレートなロック・チューンに思えますけど、前者はマット・ローリングズのハモンド・オルガンが効いているせいもあってか、なかなかファンキーです。これら二曲ではバンドの一体感のある演奏もグッド。デューク・レヴィンのエレキ・ギターだって聴きものですね。
そんなファンキーな5曲目「アメリカン・ストゥージ」に続く6「ウェア・ザ・ビューティー・イズ」なんか、これは必ずしもビート・チューンじゃないですけど、メロディがやさしくやわらかくて、しかもとっても美しいです。こんなにきれいなメロディ、なかなか聴いたことないと思うくらいで、それをそっとやわらかくつづるメアリー・チェイピンのヴォーカルもすばらしいですね。
アルバム・ラストの11曲目「ビトゥウィーン・ザ・ダート・アンド・ザ・スターズ」。実はこの曲こそぼくがこのアルバムでいちばん気に入っているもので、これはローリング・ストーンズの「ワイルド・ホーシズ」のことを歌ったバラードなんですね。これも歌手の人生からくるプライヴェイトな内容の歌ですが、約八分間のうちヴォーカルは前半で終わり。後半は最後までずっとデューク・レヴィンのエレキ・ギター・ソロなんですが、それがほんとうにヤバイんです。超カッコいいし、物語をつむいでいるソロですよね。
(written 2020.9.20)