ジャジーでラテンなトルコ軽古典歌謡 〜 インジェサス
Incesaz / Peşindeyim
インジェサス(Incesaz)はトルコ、カラン・レーベルのハウス・バンドみたいなもんで、カランがかかえているスタジオ・ミュージシャンからの選抜メンバーで構成されているインストルメンタル楽団。そんなインジェサスによる2017年作『Peşindeyim』にはエズキ・キュケルがヴォーカルで参加しています。このアルバムがライト・タッチで聴きやすく、とってもいいんです。
ふわっと軽いフィーリングでさわやかに、っていうのはアルバム1曲目からわかると思うんですけど、エズギの歌う、特に二つめの、半音階フレーズのあたりでいいねいいねと思ってしまいます。どことなくただよう哀愁、でもディープではなく、サラリとしていますよね。そういった、なんというか情緒を濃厚に出しすぎない適度な軽さがこのアルバム最大の特色なんじゃないでしょうか。
そのために演奏するインジェサスのメンバーもジャズやラテン音楽の要素を軽くとりいれて、ふわっとやっていますよね。そういったところ、なかなか好印象なんですね。メンバーというか楽器編成は、聴いた感じたぶんカーヌーン、タンブール、ケマンチェといった古典的ストリング・アンサンブルに、ベース&ギターとやはり弦楽器、and 打楽器がくわわっているという感じでしょうか。曲によっては木管かな?と思えるやわらかいサウンドがあったりします。
2曲目も軽いフィーリングでサラッと演奏し、男女デュオの軽めのヴォーカルでふわりと歌われていますが、それでもやはりトルコ古典歌謡だなと思えるだけの哀感とか渋みは随所で表現されています。このアルバムでは必ずしもそれを濃厚に押し出さないというだけで、フィーリングの根底にしっかりあるんです。ところでこの2曲目は五拍子ですね。
3曲目にはボサ・ノーヴァが来ます。ボサ・ノーヴァのこの(ギターが奏でる)リズムでトルコ古典歌謡をやってみるというのはなかなか楽しい試みですよね。成功していると思えます。トルコ隣圏のアラブ歌謡ではラテンやボサ・ノーヴァを使うのが常套ですけれど、トルコ古典歌謡もこういう衣装を着せれば現代的で楽しいです。ストレートでオーセンティックなスタイルも好きなぼくですけどね。
ヴォーカルなしのインストルメンタル演奏である4曲目を経て、5曲目はワルツ・タイム。これもトルコ古典歌謡ではめずらしいリズム・スタイルでしょう。途中でリズムが変化したりしますし。どうもこう全般的にこのアルバムではリズム面での実験というか試みが目立つ気がします。だれの発案なのか、プロデューサーがだれなのか、知りたいところですが、できあがりがあっさりさっぱりしていて普段着で、実験をやっているという気負いというか主張が出ていないあたりに好感をいだきます。
8曲目のアルバム・タイトル曲は、二拍子でレゲエっぽいフィーリングのリズム。曲調も明るいアレグリアだなあと思っておもしろがっていると、この曲ではエズギは歌わないんですね。男性歌手のみです。名前がよくわからないというかわかったところでだれなのか知りませんがボラ・エベオグルでいいの?Bora Ebeoǧlu さん。この曲では軽い口笛も聴こえ、まるで鼻歌フィーリング。あまり古典歌謡っぽくないですが、新鮮ですね。
10曲目もほんのりボサ・ノーヴァっぽいような?ラテン乗りがありますが、ここではかなりの薄味ですね、気にしないとほとんどわからない程度です。でも続くアルバム・ラストの11曲目がとってもいいですよ。なんとかなり鮮明なアバネーラなんです。まるでトルコに一羽の鳩が舞い降りたような、そんなフィーリングで、好感度大。いやあ、しかしアバネーラのこの、タ〜ン・タ・タ〜ンっていう付点付き二拍子のリズムって、どうしてこんなに魅力的なんでしょうか。
(written 2020.4.2)