『カミーユ』とはなんだったのか 〜 80年代中期プリンスの豊穣

hisashi toshima 戸嶋 久
7 min readSep 28, 2020

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(9 min read)

プリンスまぼろしのアルバム『カミーユ』(Camilleはカミールじゃなくてカミーユ)については、以前詳述したことがあります↓

もう一回整理しますと、

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(1)『パレード』(1986年3月発売)に続き、『ドリーム・ファクトリー』というLPを計画。86年7月ごろに二枚組として完成した模様。しかしこれをプリンス本人が破棄。

(2)直後あたりにレギュラー・バンドのザ・リヴォルーションを解散。

(3)1986年10月末ごろからスーザン・ロジャーズとともに『カミーユ』の制作にとりかかる。「ハウスクエイク」から開始し、約10日ほどでアルバム一枚分を完成させる。

(4)1986年11月5日には『カミーユ』のマスタリングも終了。多数のテスト盤もカットされた模様だが、発売前に中止を決める。

(5)『カミーユ』発売中止を決めたあと、それに収録予定だった曲と、その他の未発表曲(『ドリーム・ファクトリー』のものなど)などもふくめ、LP三枚組の『クリスタル・ボール』を計画。しかし三枚組という規模をワーナーに反対され、発売は断念せざるをえず。

(6)破棄したLP三枚組『クリスタル・ボール』からサイズ・ダウンして二枚組にして、1987年3月に『サイン・オ・ザ・タイムズ』がワーナーから公式発売される。

(7)『カミーユ』収録予定だった曲は、『ドリーム・ファクトリー』にも存在した。リアルタイムでの公式リリースでは数曲が『サイン・オ・ザ・タイムズ』に入り、またシングルB面になったり(「フィール・U・アップ」「ショカデリカ」ほか)などした。

(8)ワーナーが1994年に発売した『ザ・ブラック・アルバム』に、一曲、『カミーユ』セッションから入っている。

(8)1998年1月にNPGレーベルからリリースされたCD三枚組『クリスタル・ボール』にも『カミーユ』セッションから少し収録されている。この公式発売された『クリスタル・ボール』は、1986年に予定され未発のまま破棄された『クリスタル・ボール』とは別物。

(9)その後21世紀になってネット配信オンリーかなにかで、『カミーユ』からの一曲「リバース・オヴ・ザ・フレッシュ」がリリースされたらしいが、おそらくはもはや入手不可能なのではないだろうか?
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しかしこの、いまや入手不可能なのではないか?と書いた、『カミーユ』収録の「リバース・オヴ・ザ・フレッシュ」が、なんと、2020年9月25日に発売されたばかりの『サイン・オ・ザ・タイムズ』スーパー・デラックス・エディションに公式収録され発売されたのです。

っていうことは、『カミーユ』の曲はすべて公式発売された、ぜんぶ聴けるということなんですね。めでたいめでたい。それで、しかし『ザ・ブラック・アルバム』だけがどうしてだかSpotifyにないので(ほんとなんで?)そこは残念なんですけど、それ以外のカミーユ・ソングを一堂に並べプレイリストを作成しておきました。これが『カミーユ』です。一曲足りないけど。
https://open.spotify.com/playlist/4CG8he8Rzm1mtpj3F35BPT?si=JK_Sx51USBu7T0KQ3cm86w

さて、カミーユとはなにか?というのは上のほうでリンクした過去記事にくわしく書きましたのでお読みいただくとして、なにが通常のプリンスとカミーユを分つものなのか?というと、端的にいえばテープの回転速度を上げたかピッチ・シフターを用いて高い音程にした女声的なヴォーカルが(一部でも)歌っているように仕上げたものが、それすなわちカミーユです。

カミーユはプリンスの音楽的オルター・エゴ(別人格)であって、聴いてみますと、コンピューターでビート・メイクしたゴリゴリのファンク・チューンが多いなという印象です。1986〜88年ごろのプリンスがファンク・ミュージックに強く傾いていたのは間違いないところ。

もちろん『カミーユ』のなかには「U・ガット・ザ・ルック」「イフ・アイ・ワズ・ユア・ガールフレンド」みたいなポップなロック・ソングもありますが、全体的にはファンク寄りの色彩が濃いなという印象です。

『ドリーム・ファクトリー』を破棄したあと、いやその前からか、プリンスはファンク・チューンを産み出すための母胎としてカミーユという女声音楽自我を編み出したのだという見方もできますね。

リアルタイム発売のもので、順番としてぼくたちがいちばん最初にカミーユに触れたのは、『サイン・オ・ザ・タイムズ』A面3曲目の「ハウスクエイク」だったわけですが、これは完璧なるジェイムズ・ブラウン流のファンク・チューンですからね。当時のぼくは、これってモロJBじゃん、でもなんでピッチの高い女声に加工してあるの?プリンスが歌っているんじゃないの?ひょっとして女性ゲスト・ヴォーカル?とかって感じていました。

また『サイン・オ・ザ・タイムズ』二枚目A面は全四曲中1〜3曲目がすべてカミーユ・ソングですから、当時リアルタイムで発売されたオリジナル・アルバムではこのサイドにもっとも強く『カミーユ』の痕跡が表出していたわけですね。やはり女性ゲスト・ヴォーカルがいるのかも?という疑問を当時のぼくは持っていて、この面にはシーナ・イーストンが迎えられている曲がありますから、いっそう混乱していましたねえ。

アルバム『カミーユ』の完成→破棄にもっとも近接する時期の公式リリースだったのが『サイン・オ・ザ・タイムズ』ですからね。結局、上記四曲だけで、ほかはシングルB面とか『クリスタル・ボール』に入ったとはいえ、それらはあくまで蔵出し音源集でしたから。

ですので、いまだそのかたちでは未発の『カミーユ』ですけど、『サイン・オ・ザ・タイムズ』がそれにいちばん近い作品だった、多くの音源が流用された、ということが今2020年9月25日にリリースされたスーパー・デラックス・エディションでいっそうあらわになったように思えます。

特にベース・ドラム音に特徴的な一定パターンが共通する「リバース・オヴ・ザ・フレッシュ」とか「ハウスクエイク」とか「ショッカデリカ」とか「グッド・ラヴ」みたいな、コンピューターでビート・メイクした(当時のプリンスはFairlight CMIを愛用していた)ハードなストレート・ファンクにこそ、『カミーユ』の色彩感が出ているなと感じます。それ+ピッチの高い女声ヴォーカル。

どうして女声の音楽的オルター・エゴを思いつく必要があったのか?ピッチの高い声に加工したのはなぜか?通常のプリンス声ではダメだったのか?など、やはりいまでも解けない謎は残りますが、『カミーユ』はプリンス流デジタル・シンセ・ファンクの誕生を告げるものだったと、そう言えると思います。

ありとあらゆるタイプの音楽がどんどん産まれ出て止まらなかった1980年代中期の豊穣すぎるプリンス・ミュージックだったからこそ、あえて一個のスタイルとしてああいったファンク・チューンを分類・整理しておく必要があった、それゆえカミーユを誕生させたのだという、そんな気もします。

『サイン・オ・ザ・タイムズ』スーパー・デラックス・エディションのリリースで『カミーユ』が完成し、さらに未発のまま破棄された『ドリーム・ファクトリー』『クリスタル・ボール』(レコード三枚組のほう)もだいぶ姿を現すようになった2020年9月だからこそ、きょうみたいなこんな記事が書けました。

(written 2020.9.26)

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Written by hisashi toshima 戸嶋 久

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