ブルーズとバラードを一体化させて弾く 〜 ブラッド・メルドー

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Brad Mehldau / Blues and Ballads

ジャズ・ピアニスト、ブラッド・メルドー(Brad Mehldau)のことをずっと苦手にしてきました。どうしてなんだか自分でもよくわかりませんが、それに、活動の中心がピアノ・トリオ形態でしょう、個人的にあまり好きなフォーマットじゃないですからね。ずっと気になってはきたんですが。

それでもこないだ、なにかのきっかけで知った『ブルーズ・アンド・バラッズ』(2016)という、これもやっぱりピアノ・トリオ・アルバムで、しかしブルーズやっているんだったらぼく向きかも、いや、ちょっと待って、メルドーの弾くブルーズでしょ、とやっぱりちょっとの警戒心も働いたんですけど、ともあれ聴いてみないとなにも言えないなと思って。

それで聴いてみたら、正解でしたね、『ブルーズ・アンド・バラッズ』、実に聴きやすい好内容。ここでもラリー・グラネディア(ベース)&ジェフ・バラード(ドラムス)という鉄壁のおなじみトリオ編成で、たしかにブルーズとバラードばかり、それも耳慣れたスタンダード中心の選曲なのがうれしかったです。

楽曲形式として12小節定型のブルーズというのは、実は4曲目の「シェリル」(チャーリー・パーカー)しかないんですけれども、それに近いかたちやフィーリングの曲をブルーズに解釈して演奏しているのものが実にいいできばえです。

たとえば1曲目の「シンス・アイ・フェル・フォー・ユー」。ダイナ・ワシントンも歌った有名曲ですが、ここでのメルドーの解釈は完璧なるブルーズ。粘っこいタッチのピアノの弾きかたをしていて、これはいい。しかもバラード・ナンバーでもあるっていうだけの弾きかたをちゃんとしています。

そう、このアルバムはここがポイント。ブルーズはブルーズ、バラードはバラードと区別して弾き分けているのではなく、メルドーはチョイスした多くの曲をブルーズでありかつバラードでもあるっていう、両要素を一体化させて解釈・演奏しているんですね。いやあ、すばらしい。

2曲目のポップ・スタンダード「アイ・コンセントレイト・オン・ユー」(コール・ポーター)。バラードとして演奏されることが多い曲ですが、メルドーはブルージーなタッチも交えながらファンキーな味もちょこっと出しつつ、しかしやっぱりバラードであるっていう曲本来の味を損なわないようにていねいに演奏しています。グッときますねえ。

ブルーズをバラードとして弾く、バラード演奏にブルージーなタッチを混ぜ込む、っていうのは、実はずっとむかしから、それこそハード・バップ時代から、ブラック・ジャズ・ミュージシャンたちが得意にしてきたことであって、べつに目新しい方法論じゃありません。でも2010年代になって、メルドーのピアノでそれが聴けたっていうのがうれしかったんですね。

そうそう、2曲目の「アイ・コンセントレイト・オン・ユー」は、リズム・スタイルがキューバン・ボレーロにアレンジされていることも書き忘れてはいけませんね。ボレーロはキューバにおいて恋愛歌をとりあげる際のむかしからの人気形式なんで、だから、この曲をそんなアレンジにしたのは、ある意味オーソドックスなバラード表現です。

ラテンな感じでバラードをブルージーに弾くといえば、このアルバム6曲目「アンド・アイ・ラヴ・ハー」(レノン/マッカートニー)もグッドですね。「アイ・コンセントレイト・オン・ユー」と違い、こっちのほうはビートルズのオリジナルからしてすでにラテン香味が漂っていたもので、メルドーのヴァージョンはアルバムのクライマックスともいえる情熱的な演奏。ラテンなバラードをブルージーに弾きこなすスタイルも、ここに極まっています。

続くアルバム・ラストの「マイ・ヴァレンタイン」はポール・マッカトーニーが2012年のアルバムのために書いた当時の新曲で、スタンダードとは言えないでしょうが、美しいメロディを持っているバラードだということでとりあげたんでしょう。やはりちょっぴりブルージーなタッチも混ぜ込んでいますが、この曲でのメルドーはバラードをきれいに弾くことにほぼ専念しているように思います。

5曲目のスタンダード「ジーズ・フーリッシュ・シングズ」もストレートなバラード解釈で聴きやすく。ぼくはこういったメロディのきれいなティン・パン・アリーのポップ・スタンダードを聴くのが大好きなんで、選んでくれただけでうれしいですね。ティン・パン・アリー発でも大半の曲が埋もれて消えたんであって、生き残ったごく一部のものだけがスタンダードになったんだと考えれば、それなりの理由、魅力はあると思います。

3曲目「リトル・パースン」はジョン・ブライオンという名前がコンポーザーになっていますけど、アルバム中これだけは曲も作者も知らないものでした。ラリー・グレネディアのベースもロマンティックでいいですね。

(written 2020.9.22)

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hisashi toshima 戸嶋 久
hisashi toshima 戸嶋 久

Written by hisashi toshima 戸嶋 久

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