ニュ・クインをちょこっと
Nhu Quynh / Duyȇn Phận
エル・スールのホームページでこないだ見つけたばかりのニュ・クイン(Nhu Quynh、ヴェトナム、在アメリカ)の2010年作『Duyȇn Phận』。なんとなくジャケットが気になって、ダメモトと思って Spotify で検索かけたら簡単に見つかったので聴いてみました。そう、ジャケットの印象というのは大きいですよね、未知のアルバムを聴こうか聴くまいかと分ける基準の九割方はぼくのばあいジャケットがいいと思うか否かですから。
このアルバムはたぶんどうってことはない、でも質の高い、歌謡作品だなと思うんですけど、こういうのを聴くと、いつもながらヴェトナム歌謡のそこにしかない世界にぼくはひたっているわけです。音階、メロディ・ライン、楽器チョイス、サウンド・メイク、リズム・フィールなど、ヴェトナム大衆歌謡独特の世界というものがありますよね。聴きながらそれに酔っているわけです。
ニュ・クインのこの声もいいですよね。ねっとりと粘りつくようでありながら、いっぽうで重くなりすぎないさわやかさをもともなっている、そんな声質で揺れる旋律を細やかにつづる様子に、あぁいいなぁと思ってしまいます。ニュ・クインは歌うまいですし、独特の情緒感をヴォーカルに込めるすべを知っている一流歌手だと言えましょう。ヴェトナムの、特にバラディアーと呼ばれる一連の歌手のみなさんには同様に降参しているぼくなんで、やはりバラードばかり歌ったこのアルバムも大好物なんです。
レー・クエンにしてもそうなんですが、こういった音楽を聴いていると、なんだか日本の歌謡曲/演歌の世界を思い浮かべるというか、たぶんおんなじようなもんだという気もしますけど、でもあきらかに質が違っていると思える部分もあります。こういったヴェトナム歌謡は暗く、陰鬱で、短調の曲ばかりで、実際にはそんなこともないんでしょうが、なんだか世界があまりにもしっとりしているなという感じですかね。
だからマイナー・キーで進むそんなメロディ展開のなかで、サビで転調してメイジャー・キーになったりすると(たとえばこのアルバムだと3曲目もそう)、そこでぼくはある種の感動というか、おぉ!と思ってとても気分いいわけです。転調に弱いのか、メイジャーのなかのマイナー、マイナーのなかのメイジャーとか、そういった一瞬の影とか光とか、それに心動かされる部分があるのかもしれないです。
ニュ・クインにしろだれにしろ、ヴェトナム歌謡にはそういった人心をつかむメロディ展開がたくさんあると思いますね。歌手とか演奏陣とかじゃなくてコンポーザーの才能なんでしょうが、ヴェトナム歌謡ほどこちらの心のひだをゆする音楽もなかなかないもんです。それを歌いこなす歌手にも恵まれているんじゃないですかね。
(written 2020.5.19)